ひとの住処 ―1964-2020―
こんにちは!
プロフィールにも書いている通り、僕けっこう本を読むんですよ。
最近読んだのが「ひとの住処―1964-2020―」隈研吾著。
シドニー市内の観光スポット、Darling Harbour(ダーリング・ハーバー)。
その周辺地域の再開発で建てられたDarling Square Library(ダーリング・スクエア図書館)を初めて見た時、どこか日本らしさを感じました。
で、調べてみたら、設計を手がけたのは「隈研吾」という日本人建築家でした。
本書は、隈研吾氏が1964年と2020年の二つのオリンピックを補助線として、都市と建築の過去と未来について考察した一冊です。
本に線を引く
読書していて共感したり、良い表現だな、覚えておきたいな、と思った時は線を引くんですが、電子書籍は「マーカー機能」でそれが簡単に出来る。
以下、本書で線を引いた箇所をいくつか紹介します。
20世紀のアメリカがその新しいピカピカなシステムを発明した。森林や草原を自由に開発させ、住宅ローンという制度を作って、庶民に家を作る資金を用意することで、この「家」を中心とするシステム、「建築」をエンジンとする経済システムがブンブンと駆動し始めたのである
著者によれば、19世紀までは「家」を新たに手に入れたり、新しく建てることができたのはほんの一部の限られた人だけで、多くの人が先祖から引き継いだボロ屋に住んだり、街中に小さなスペースを借りて住んでいたという。
ピカピカの新しい家を建てるのは、大金持ちにしかできないとんでもなく例外的で贅沢な「事件」だった、と。
そして、それを変えたのが20世紀のアメリカで発明された「住宅ローン」という制度で、「家」というニンジンをぶら下げられて、人々は必死に働き始め、ひたすら消費するようになった、とも書いている。
僕自身、最近ずっと「家」のことを考えていて、40代後半の自分でも30年ローンを組むのは不可能じゃない、と知ったのは最近のこと。
少し前までは、「30年ローンなんて馬鹿げてる!」って憤ってたけど、「借金の力」を理解してからはその考え方は変わりました。
1年後オーストラリアに戻った時、「家を買う」という選択肢も考えておかないとな。
物がたくさんあると、人間は却って不自由になる
これは、著者が1970年の大阪万博を訪れた際、失望感の中で語った一言。
自らのヒーローである丹下健三や黒川紀章が手がけた建築群に失望し、フランス館のカフェに入った著者。
そこで手に取った、プラスチック製のシンプルなトレイのミニマリズムに感動し、建築への思いを新たにする。
そして大阪万博から帰ってきた著者は、生涯の一冊となる本に出会う。
それが、「ヨオロッパの世紀末」吉田健一著。
作ることよりも、持つことよりも、それを使いこなし、使いたおすことの方がずっと豊かであることを、吉田健一は示した。
本書の中でも、この部分は特に共感しました。
物が溢れる今の世の中、新しくて安い物は手軽に買える。
でも、そんな使い捨ての世の中にはめちゃくちゃ疑問を感じていて、この一文はまさに自分の考え方と一致する。
時代が転換する時、人間は昔から同じことを繰り返し、前の時代のエリートは、必死に延命を図った。
凄まじいスピードで生み出される、新しいテクノロジー。
今まさに、時代の転換点にいるように感じる。
僕もいつか、「前の時代」にしがみつく、古い人間になっていくのかもしれない。
「仕事がくるのを待ってるからあかんのや。仕事は自分でつくるもんや」
ニューヨーク滞在中だった著者を訪ねた、中筋修という建築家の一言。
僕は今、会社の立ち上げという新しい挑戦をしている。
この一文を読んだ時、「ああ、今自分がやっていることがまさにこれ!」と強く共感しました。
これからここ日本で、新しい仕事を作っていく。
そう考えるだけで、めっちゃテンションが上がる!
思想と行動
隈研吾という建築家を知ったのは、冒頭の図書館がきっかけでした。
この本を読んで、彼がどのような人生を過ごし、どんな思想の元に行動してきたかを知ることができました。
考えて、行動する。
そして行動した結果、また新たな思想を得る。
思想と行動は、まさに車の両輪やな。
「ひとの住処―1964-2020―」隈研吾著。
建築に興味のある人には特にオススメです。
ではまた!
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