【旅のノート】初めての海外旅行 香港/2002年

初めての海外旅行

時々急に「旅に出たい」と思う時がある。

日常から抜け出して、知らない世界、新しい景色が見たくなる時。

今ならインターネットで誰かの「世界一周ブログ」を読んだりすると、そんな思いがウズウズと湧き上がって来る。

昔は本だった。

大学生の頃、時間を持て余していた僕は「深夜特急」をきっかけに「旅」「バックパッカー」といったジャンルにハマり、そういった本をよく読んでいた。

当時読んでいた作家達は

藤原新也

小田実

蔵前仁一

辺見庸

小林紀晴

などなど。

いつか自分もそんな旅をするぞって思ってた。

それなのに暗黒の大学4年間は、何も出来ず。

実際に初めて海外へ旅行したのは24歳の時だった。

香港 人生初の異国の地

行き先は香港/マカオ、それからタイのバンコクに決めた。

「深夜特急」の第一巻は香港/マカオ。

もちろん、モロにその影響^^

そしてバンコクにはあの「バックパッカーの聖地」カオサンロードがあった。

当時、僕は東京で働いていた出版関係の仕事を辞めたばかり。

周りの友達が学生時代に「済ましていた、、、、、、」海外旅行を、自分はまだ出来ていない。

当時の僕はそんな気持ちが強く、とにかく一度海外を見ておかないと次に進めないと思っていた。

出発が近付くにつれ、期待と不安が高まる。

そして遂にその日が来た!

キャセイパシフィック航空、成田発香港行き。

以下、当時の日記より抜粋。

 昨日遂に、ずっと、ずっと行きたかった「海外」に来た。出発前の夜はよく眠れず、昨日は1日中眠かった。キャセイパシフィック航空で成田から香港へ。香港の航空会社とはいえ、日本語を話す人が多いと思っていたけどその逆。一応、日本人のクルーもいたけどほとんど香港人(多分)。話しかけられても全然分からんくて情けなかった。(ついさっきまで日本にいたのにもうここは外国なんやっていうのが、まだきっちり理解出来てなくて、切り替えられていなかった)やっぱ英語力は必要。絶対!

 飛行機の中ではうつらうつら眠ってた。楽しみにしてた機内食も量が少なく、期待外れ。デザートにアイスが出たけど、寒くて全部食べられなかった。とにかく、クルーに何を言われても意味が分からず、適当に「イエス」とか「オーケー」とか「サンキュー」とか言うだけ。ほんま情けない。そして着陸前にクルーがヘッドホンの回収に来たときも、俺は最初何のことか分からんかった。そのクルーは「ヘッセ、ヘッセ」と言ってきた。何を言ってるのか分からず俺が「ヘッセ?」と聞き返したり、「分からん」というジェスチャーをしてるのに、彼女はずっと「ヘッセ、ヘッセ」を繰り返す。耳をふさぐような仕草があったけど、とにかく俺には何のことか分からず何度か同じようなやりとりになった。

 彼女はだんだんとイラついたような態度になり、顔にもありありと出ていた。日本人のクルーならそんな態度は取らないやろう。必要以上にニコニコし、その表情を変えることもなく辛抱強く意思を通じさせようとするやろう。やっぱり国民性の違い?まあよく分からんけど、とにかく日本人的なサービス、接客というものに慣れている俺には、彼女のその態度はある意味新鮮やった。「ヘッセ」が「ヘッドセット」要するに「ヘッドホン」のこととようやく理解し、使ってもいなかったヘッドホンを渡した。

いや〜、今読むと新鮮!

初の海外旅行とは言え、どんだけ英語出来へんねん!って笑えてくる (( ̄▽ ̄;)

5時間程で香港に着き、無事に入国審査を通過。

それから1泊目だけ予約しておいたホテルへ向かう。

 中心地へ向かう電車の乗り場はすぐ分かったけど、地下鉄は景色が見えんから乗る気はなかった。バスを探そうと思ってトラベルインフォメーションの場所を聞いたけど、何て答えたのか分からない。いくら俺が本に載ってる英語を暗記して尋ねても、返ってくる英語が理解できないねんから意味がない。これは聞いてもしゃーないと思ったから自分で考えて行くことにした。動けば何とかなるもんやし。

 バスの標示に沿ってバス停に行ったら北角(ノースポイント)行きのバスが丁度出た所やった。運賃見たらどうやら40HK$みたい。バスは釣りがでないからぴったりを用意したかった。バスで直接払っても良かったけど、チケット売場らしきものがあったからそこで買うことにした。「to north point」って言ったら、無言で隣を指差された。隣でまた同じ事を言ったら「40HK$」って言われた。バス停の看板や、この売場の窓にも40HK$って書かれた紙が貼ってあったから40HK$ってのは分かってた。さっき両替したばかりの金を財布からさぐって取り出すと、「50」と描かれた硬貨があった。それを何とも思わずに出すと、何かゴチャゴチャ言ってる。何や今度は何を怒ってんねんと思ってよく聞いたら「40HK$、それは50セント」とか言ってる。それでやっと気付いて、もう一度財布をさぐって今度はちゃんと「ダラーズ」と描かれていることを確認して、紙幣を渡した。

 投げるように渡されたバスチケットを受け取り、バス停に戻る。もう香港に着いているのに、香港の通貨のことをまだ何も理解していなかったことに気付き、HISでもらったミニガイドブックで確認。硬貨で一番高いのは10HK$まで。20HK$からは紙幣になる。

 「北角」という電光掲示のあるバスに乗り、さっき買ったチケットを入れる。俺の今晩の宿は北角の1つ前の「炮台山(フォートレストヒル)」という停留所からすぐ。電光掲示板は英語と中国語が出るから分かりやすかった。やっぱ同じ漢字文化やからその点はラク。バスはダブルデッカーバスで、なかなか快適。降りてから地図を見なくても適当に歩けば着くやろうと思ったけど、迷った。市場みたいな所があって、そこでは果物から肉から何かを乾燥させた漢方のようなものまで、色んなものが並べられていた。肉屋では、鶏肉が吊されてる下で生きた鶏が檻に何匹も飼われてたりする。そしてこれはバスを降りたときから感じてたことやけど、独特の匂いがする。果物やら肉やら色んなものの匂いが熱気と混ざり合って、この独特な匂いになってる。

またやらかしてるやん、俺…...

40ドルやのに50セント出すとは、我ながらどんだけアホやねん!

何か、新鮮っていうより恥ずかしくなって来たわ!!

まあ、そんな自分が今は海外で生活しているんですからね...

人生分からんもんです。

さて、日記に戻ると、僕は香港の印象を下記のように書いています。

香港の印象は一言で言うと「臭くて、うるさくて、高い」。暑さはそれほど感じない。俺が暑さに強いからか?ただ街全体の熱気が凄い。色んな乗り物(特にトラム)の騒音、それが匂いの移った熱気と共に伝わってくる。甘いような独特の匂いは果物の王様とかいうドリアンのものか?とにかく熱気はほんまに凄い。しかも夜になっても衰えなし。と言うより、夜になればなるほど、更に熱気を帯びてくるような気がする。

「一言で」と言いながら色々と書いているけど、確かに20年以上経った今でも覚えているのはその「匂い」

そして街の熱気と騒音。

「高い」というのはおそらく街に林立していた高層マンション群の印象だろう。

僕が行ったのは5月だったけど、着いてすぐに感じたのは「ああ、ここは南国だな」ということ。

沖縄よりも南に位置しているんだから、当然と言えば当然なんですけどね ^^;

当時はあまり予備知識も無く行ったみたい。

でも街歩きを始めるとすぐに「ここに住んでみたら面白そう」って思ったのを覚えている。

熱気と騒音に満ちた街のエネルギーに、僕のテンションも上がっていた。

雑然と並ぶ古い高層マンション。

その中の一つの窓が開いていて、中に白いタンクトップを着たおっちゃんが見えた時、なぜかそこに住む自分を夢想した。

僕は旅のこういう瞬間が好き。

旅という非日常の中で、現地の人の何気ない日常を目撃することが。

そしてそれを自分に重ね合わせる。

”あそこに住んでいるのが自分だったら”

どんな毎日なんだろう?

どんな物を食べ、どんな仕事をし、どんな人たちと過ごしているんだろう?

そんなことを考えながら、初めての街を歩く。

思い出の保存

今回パソコンに残っていた日記は、僕が旅先で取ったメモや日記を元に帰国後に書いたもの。

残念なのは、全て書き終える前に止めてしまったこと。

帰国後すぐはやっぱりテンションも上がっていたし、記憶も鮮明だったので、手書きの日記に付け足す形で書いていたらどんどん長くなってしまい、香港での滞在すら全て書けなかった。

旅に持って行った、あの小さなメモ帳はどこに行ったんだろう?

そこにはマカオや、その先のバンコクのことも書いてあるはずだけど...

写真も実家の倉庫に運が良ければあるかも知れないけど、それも定かではない…...

遠い昔の儚い思い出。

今ほど手軽には思い出を保存出来なかった頃の話。

このブログも、ある意味「思い出の保存」になるんだろうなぁ。

これからも、ボチボチと書き続けて行こうと思います。

ではまた!

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